宇野昌磨 祖父は画家(洋画家)?スケートも絵画も世界レベルの宇野一家って本当!?

00573e3e851e523287515025c0e1440f
宇野昌磨 祖父は画家(洋画家)?スケートも絵画も世界レベルの宇野一家って本当!?

これから
「宇野昌磨 祖父は画家(洋画家)?スケートも絵画も世界レベルの宇野一家って本当!?」について、
書いていきます。


スポンサードリンク



宇野昌磨 祖父は画家!
弟と実家はエリート育ちだがゲーム好きと噂!

10月23日のフィギアスケートアメリカ大会で、
宇野昌磨選手が男子ショートプログラムで3位になりました。

国内初の
4回転フリップを決める宇野昌磨選手。

実家や祖父が画家で、
芸術性は譲り受けたものでしょう。

今日は、
宇野昌磨選手の
祖父である宇野藤雄さんのことを、
詳しく書いていきます。

宇野昌磨選手の祖父は一流画家

宇野昌磨選手の
祖父は一流画家です。

調べてみると、
祖父の名前は宇野藤雄さん。

unofujio-e1445351831565

引用元:http://neta7.com/1441.html

犬山市生まれで、1952年に二科展入選。
それ以来23連連続入賞するという素晴らしい実績があります。

祖父・宇野藤雄(うの ふじお)さんは画家

宇野昌磨選手のおじいちゃん(祖父)である「宇野藤雄」さんは、
日本画家として活躍されています。

美術講師もされているそうで、
「宇野藤雄教室」という俳画教室で指導もされているとのこと。

そして1966年には名古屋、

1983年には
銀座、東京日本橋と個展を開き、

さらに1984年に
はブラジルサンパウロ色紙展を開催。

世界でも評価された宇野藤雄さんは、
その後日本各地で俳画・墨絵の講習を会行い、
世界各国の美術館に作品が収蔵されています。

宇野昌磨選手の感性は
祖父から受け継いだものなのかもしれません・・・!

1966年、名古屋で個展を開く。

1983年には、東京銀座の日本橋で個展を開催。

1984年 数々の賞を受賞。

2004年 カンヌ展受賞

2008年 プラハ国立美術かん収蔵されて入れ、イタリア国際金賞を受賞。

現在は、
東京、名古屋、京都、などで、美術講師として活躍しています。

日本画家です。

ネットでは、
宇野藤雄さんは、
洋画家という噂がありますが、

代表作の一つである
「風人雷神」、

昨年開かれたミラノ国際展覧会において、
日本を紹介する絵画の代表作として、
展示されていますし、

草花・城・獅子舞・舞子さん・七福神などの絵が
多いことから、

洋画家という噂は、
どうやらデマ情報のようですね。

地元犬山に住んでいるといわれていて、
毎朝モーニングコーヒーが日課で、紅葉マークを付け愛車に乗り、
コーヒー仲間もいて老後を楽しく過ごしているそうです。

孫の成長が楽しみの

一つではないでしょうか。
実は、
宇野昌磨選手の祖父である
「宇野藤雄」さんの年賀状素材集が、
アマゾンで販売されており、

非常に高値で取引されていますし、
「宇野藤雄」さんの

「世界各国の美術館に作品が収蔵される
一流画家による 年賀状・はがき素材集 」

を購入された方々から、
以下のような非常に高い評価を受けています。

●子供や舞子さんの表情が秀逸です。

●朝顔や紫陽花秋の草花もとても素敵です。

●表情が新鮮で、和風の良さを再発見しました。

●一枚一枚が楽しく、魅せられます。

さすがに、
日本だけでなく世界でも評価の高い画家であり、

「宇野藤雄」さんは、
年賀状の素材集を購入された方々からの評価も
5つ星ばかりということですね。

ただ、
今では
世界にまで認められる画家にまで成長した、
宇野藤雄さんですが、

その道のりは、
順風満帆なものではなかったようですね。


スポンサードリンク



宇野藤雄さんの戦後苦節のストーリとは?

宇野藤雄さんは、
幼いころから、
絵が得意ということで、

小学校の成績表でも
手について褒められていましたみたいです。

しかし、
第二次世界大戦の最中、
画家への道は険しいものだったようですね。

転機が訪れたのは、
終戦後、徴兵が解かれ、

好きなことができる時代になり、
「画家になろう」という気持ちが
本格的に芽生えたようですね。

「戦後は、
日本全体が
物を作ることに
燃えていた時代と
振り返ります。

モノづくりへの
情熱を得に傾けて、
画家の道を歩み始めましたが、

出奔する作品は、
落選続き、

苦労の連続でしたが、
5年後に、二科会で初入選を果たします。

その後も
加須多くの展覧会で入選し、
国内での個展も経て世界で、
認められるようになりました。

宇野さんの目は、
落選続きだった当初から、
世界に向いていたと語ります。

どんなことをしたら
世界に通用するのかと、
考えた結果が、

現在のテーマとする
日本人にしか描けない絵につながったということで、

数々の
苦難を乗り越えて、
世界レベルにまで認められるまでに、
なったようですね。

間もなく90歳を迎える今でも、
常に試行錯誤しながら、

一枚の絵を何百回も書き直しながら、
妥協のない精神が、
誰にもまねできない独特の作品を、
産み出していくのです。

高齢を迎えても、
孫の宇野昌磨選手と同様に、
常に腕を磨き、世界を目指す姿勢というのは、
さすがとしか言いようがないでしょう。

こんな祖父の
背中を見て育ったからこそ、

宇野昌磨選手は、
努力を苦にせずに、一躍国内トップレベル、
まもなく世界レベルのスケーターまでに成長したと
断言しても良いでしょう。

やはり、
家庭環境の
子供に与える影響は、
物凄いものを感じさせられますね。

家族総動員で、
世界トップを目指されていると思いますし、
幼少期から、

宇野昌磨選手はそういう教育を、
受けてきたのでしょうね。

フィギュアスケートは
お金がかかることで有名ですが、
安いスケートシューズは2万~3万円。

しかし、宇野昌磨選手などの一流選手が
使うスケートシューズは20万円ほどします。
年に2回変えるので40万。

スケートシューズだけでなく、
衣装も作らないといけないし、レッスン代、

遠征費や衣装代、
振り付け代のかかります。

やはりある程度の経済力がないとスケート選手としてやっていくには、
必要なのかもしれません。

宇野昌磨さんも
フィギュアスケートで世界的に活躍する選手となりましたが
違う分野で祖父までも世界で活躍しているとは!!

本当にすごい家族ですよね~

宇野昌磨さんも
いち早く祖父の宇野藤雄さんと同様に、
世界レベルのトップスケーターに成長してほしいですよね。

以上、
「宇野昌磨 祖父は画家(洋画家)?スケートも絵画も世界レベルの宇野一家って本当!?」
でした。

最後まで、
ご覧いただきましてありがとうございました。

スポンサードリンク





関連記事はコチラ↓↓

コメントを残す




日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)